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ワールドカップ後に人種差別を乗り越えられるのか

自由、平等、エムバペ!パリ郊外で生まれた19歳の選手の活躍によりワールドカップ優勝を果たしたフランスでは、スローガンが書き換えられたとしても不思議ではないだろう。エムバペはフランス代表でプレーすることは光栄であり、ワールドカップの賞金はチャリティに募金すると宣言している。

国のプライドが最高潮に達したフランスは代表選手23名のうち19名が移民もしくは移民の子供である。ポール・ポグバやジブリ・シディベといったムスリム選手は勝利すると跪いて祈りを捧げた。少数民族に対する偏見に蝕まれた国において、その矛盾が全て内包されたチームを応援することができるのだろうか?

フランスの人権委員会(CNCDH)は、フランスでは「ムスリムは最も歓迎されないマイノリティであり、イスラムの宗教に対するだけでなく、信仰者全体に拒絶反応がある」という驚きの報告書を発表した。フランスのムスリムは世界最大のスポーツ大会で優勝という名誉獲得に貢献したにもかかわらず、フランス人の44%はイスラムによりフランスのアイデンティティが脅かされていると信じている。また、祈祷についてはフランス人の30%が「フランス社会にはなじまない」と感じている。80%以上のフランス人が受け入れられるマイノリティはフランスには存在しない。友愛の精神はどこにいったのだろうか?

今日のフランスにおいて、敬虔なムスリムが就職のための面接までこぎつける確率は、カトリック教徒に比べて4分の1以下である。ある研究によると、フランスのムスリムが受ける差別は、アメリカのアフリカ系住民よりも遥かにひどいものであると言う。

昨年の選挙では国民戦線が初めて20%を超える票を獲得し、大統領選では党首であるマリーヌ・ル・ペンに対して過去最高となる760万票が投じられた。第2回投票では全体投票数のうち35%が国民戦線を支持したことになる。

1998年優勝時には「black, blanc, beur(黒人、白人、アラブ人)」という多文化主義の幻想が掲げられたが、今では男女問わず全てのフランス人は平等に扱われるというフランスのアイデンティティに対して強い不信感が蔓延するようになってしまった。または20年経っても、フランスの片田舎で育った労働者階級にとってはサッカーぐらいしか成功を収める舞台がないというのが現実なのかもしれない。サッカーが築いた友愛の精神であっても、フランスの根底で広がる分断を覆い隠すことができないのである。

しかしスポーツ以外の分野に目を向けてみると、ある男性が政府に対して行った抗議は希望を感じさせてくれる。政府は難民に関する法律を厳罰化し、書類を持たない移民の拘留期間を二倍(90日)にし、不法な国境通過に対しては一年間の禁錮と罰金が課せられることになった。慈善団体はこの新法導入について、「フランスが亡命の歴史から決別したことは疑いようがない」と表明している。

しかし今月、農業を営む若いフランス人であるCédric Herrouが自由、平等、友愛というフランスの本質的価値に応えることができていないとして、フランス政府を裁判所に訴えた。ワールドカップのように世界中で熱狂をもたらす訳にはいかないが、この決断は大きな影響をあたえることが確実だろう。

イタリアとフランスの国境に位置するRoya valleyでオリーブ農園を営むHerrou氏は数十名の移民を援助したことで3000ユーロの罰金を課せられ、注目を集めたのである。彼やその友人たちは「団結した罪」で罰せられていると主張している。

移民問題は国の治安やテロの観点から語られることが多く、彼に対してはフランスを危険にさらしているという批判が起きている。一方、彼を支持する人々は階級、信仰、人種にかかわらずフランスが掲げる(移動の)自由、平等、友愛という思想を彼が実行しただけだという。7月13日には、フランスの精神である「友愛の原則」によってHerrou氏の処罰は免除されるとフランスの憲法裁判所が判断した。「友愛の精神により、フランス国内の滞在が合法かどうかを問わず人道的な観点から他者を助ける自由が認められる」という判決が下されている。この判決は、移民に対する反感が高まるヨーロッパにおいて大きな重要性を帯びている。

Herrou氏の友人は昨年筆者に対して、彼が援助を始めた時点で壮大なイデオロギー的な意図があったわけではないと説明した。山岳民族として生き残るために必要だった、長年に渡る単純で重要な鉄則に従ったのだと言う。それは、誰かが山で迷っていたら食事を提供し、保護し、援助を施すというものである。Roya valleyでは住民がこれを常に守り、例外なく全ての人に施してきたものだという。

Herrouに対する判決は、一人の男性が政府に対してその本質的価値を考え直すよう迫ったという点で歴史的な出来事である。我々はこれをフランス人だけの問題として捉えるのではなく、人類全体の問題として受け入れるべきだ。ビルから落ちそうになった子供を助けるのも、世界的なスポーツ大会で優勝するのも同様であり、白人以外にも素晴らしい行動を示す人々がいるのである。

ワールドカップ優勝は大きなシンボルであり、メッセージは明確である。黒人、ムスリム、フランス人、アフリカン、“banlieusard”、これが我々フランスのベストである、ということだ。しかしHerrou氏が同時に示したのは、我々が目指して推進している理想から、現実がどれだけ乖離しているのかということである。代表チームが示した理想からインスピレーションを受けると同時に、実現するためには時間がかかるだけでなく数多くの困難を乗り越える必要があることを忘れてはならないだろう。

The Guardian