ニュース

一人の取り組みが地域を動かした「ムスリムフレンドリー・オキナワ」の成功物語

 2013年11月、英文ガイドブック「ムスリムフレンドリー・オキナワ」が発行された。沖縄でムスリム観光客に対応しているホテルやレストラン、ハラルフードが買えるスーパーマーケットなどを網羅しているほか、ムスリムに喜ばれるアクティビティや観光スポットなども掲載されている。

 このガイドブックを作成したのは沖縄を拠点とする旅行会社、沖縄ツーリスト株式会社国際部欧米・アセアンチームチーフのデニス・トルトーナ氏。沖縄観光コンベンションビューロー(OCVB)が制作費の半額を助成し、3000部が発行された。海外の旅行見本市に出展したり旅行会社に営業する際に、沖縄をPRするセールスツールとして広く活用されている。

 トルトーナ氏がムスリム観光客受け入れの取り組みをスタートさせたのは2009年。それ以降、このガイドブックを発行するまでの4年間、試行錯誤を繰り返してきた。「ムスリムフレンドリー・オキナワ」は言わばその集大成である。

「沖縄送客は無理。食事の9割がポークだから」

 フィリピン人のトルトーナ氏は2003年に来日し、那覇市にある沖縄ツーリスト本社に勤務するようになった。「私自身はムスリムではないが、生まれ育ったマニラには周囲に多くのムスリムがいて、身近な存在だった」と言うトルトーナ氏。来日前はマニラにある高級ホテルのマニラホテルに勤務し、ブルネイなどからムスリムのグループ客を受け入れた経験もある。

2007年に沖縄ツーリストのインバウンド担当部署に異動したが、この頃から一つの疑問を持つようになった。「街を歩いていても、ムスリム観光客に全然会わない。沖縄は日本の中で東南アジアの国々に最も近いのになぜだろう」。

 そこで、2009年にタイの国際旅行見本市に参加してムスリム観光客を多く扱っているマレーシアやインドネシアなどの旅行会社に接触し、ヒアリングを行った。すると、「日本は食事の面など、ムスリムを受け入れる環境にないので、送客は難しい」という声がほとんどで、沖縄についても知らない人が多く、「日本のどこにあるのか?」という声もよく聞かれた。

 インドネシアのある旅行会社は、沖縄については知っていたが、「沖縄に送客するのは無理。だって食事の90%はポークなのでしょ?」という答えが返ってきた。そんな知識が広がっていることにトルトーナ氏は驚いたという。

 「思った以上にハードルは高いが、だからこそチャレンジする価値がある」。こう考えたトルトーナ氏は帰国後、会社に対してムスリム受け入れに取り組みたいと伝えた。しかし、当初の反応は鈍かった。

 「付き合いのある那覇のホテルやレストランにも、ムスリム受け入れについて打診してみたが、答えは軒並み『NO』。全く興味を示してくれなかった」。まさにゼロからのスタートだった。

身近なスーパーマーケットにハラル食材があった

 ホテルやレストランがムスリム観光客受け入れに消極的だった主な理由に、ムスリムに提供できるハラル食材が簡単に入手できない、業者から取り寄せるのはコストがかかるという点があった。

 そこで、トルトーナ氏は沖縄でハラル食材が手に入るところを探すため、沖縄に勉強に来ている留学生たちにヒアリングを行った。何人かの留学生から輸入食材を扱っている1軒のスーパーの名前が挙がったので、実際に行ってみると、ハラル認証マークが付いた輸入品のハラルビーフやハラルチキンが売られていることが分かった。

しかし、この1軒だけでは複数のホテルやレストランで使う食材を十分に供給することはできない。もっと探せば、ほかにもハラル食材を扱っているスーパーがあるのではないか。トルトーナ氏はこまめに、沖縄のスーパーを回るようになった。

その一方、トルトーナ氏は自らマレーシアやインドネシア、シンガポールやトルコなどムスリムが多く暮らす国へ視察旅行に出向き、ムスリムの生活慣習についての知識を蓄積していった。

 海外で開催される旅行見本市にもまめに顔を出し、東南アジアのエージェントとの顔つなぎも継続して行っていた。海外に対しては沖縄というデスティネーションの売り込み、地元沖縄に対してはムスリムに関する知識の提供と受け入れへの働きかけという、両輪による地道な取り組みが3年ほど続いた。

「その気」にさせるためメディアを活用

 2012年に入ると、大きな転機が訪れる。それまでコンタクトをとってきた東南アジアの旅行会社の一つ、シンガポールのCTCトラベルから、沖縄へムスリム観光客のグループツアーを100人送客したいという打診があったのだ。

 同社はこれまでにもムスリム観光客グループをさまざまな海外デスティネーションに送客している。そして今回、沖縄が候補に挙がったのだ。沖縄にこれだけの規模のムスリム観光客が訪れるのは初めて。受け入れ態勢が整っているとは決して言えない状況だったが、トルトーナ氏は「YES」と答えた。

 「色々な視察や勉強をしてきて、ハラル食材だけでなく、沖縄にある野菜や魚介類などを使えばムスリム受け入れは十分可能と考えるようになった。礼拝室も今まであるスペースをうまく利用すればいい。工夫すれば受け入れは可能だという確信があった」

 しかし、ホテルやレストランをどうやって説得したのか。この頃になると、受け入れを前向きに検討する協力的なレストランも数軒出てきた。そうした店にハラル食材や野菜、魚を使った沖縄料理のサンプルメニューを作ってもらい、県内のメディアを通じて「シンガポールから来る100人のムスリム観光客向けに料理を試作」というニュースを流したのだ。

 すると、それまでムスリムについてレクチャーを受けていた他のホテルやレストランから「うちでも受け入れに協力したい。ムスリムについて、もっと詳しく教えてほしい」とトルトーナ氏に申し出が寄せられた。ある程度の知識の蓄積ができていた段階で、まとまった団体客が来るというニュースを知り、ビジネスチャンスととらえたのだ。

 「お願いしてやってもらうより、受け入れ側が自分から受け入れようと思うことが大事だと考えた」(トルトーナ氏)。当事者が自発的に受け入れようと思う方が、取り組みは積極的になる。関係者を自然と「その気」にさせるため、メディアの力をうまく活用したと言えるだろう。

 レストランでは豚の代わりにかまぼこを入れたソーキそばをはじめ、ハラル食材で作った琉球料理や弁当を用意した。ホテルは礼拝用のスペースを設けたり、客室のバスルームで礼拝のために手や足を洗えるよう洗面器やイスを用意するなどさまざまな準備を行い、いよいよ6月に100人を迎えた。

 2グループに分かれて到着した一行は沖縄本島で美ら海水族館や首里城、琉球村などの観光や琉球舞踊の鑑賞、ショッピングを楽しみ、4泊5日のツアーは参加者から好評を得て無事成功に終わった。

 「輸入食材を扱っている店を中心に品物を見て回るうちに、ハラルマークの付いた食品が次々と見つかった。色々な国の認証マークがあり、ハラルビーフやハラルチキンなどの肉類だけでなく、加工品や調味料などもあった。店員がそうと知らずに販売している場合もあった」

 こうしてリストアップされたのが、「ムスリムフレンドリー・オキナワ」に掲載されている「ハラルフードが買える店リスト」だ。その数は全部で17軒。輸入食材を多く扱い、個人にも販売している「業務スーパー」、プロ向けの食材を販売している「A-プライス」など、全国展開しているスーパーの店舗も含まれている。

 こうした調査結果は、付き合いのあるホテルやレストランにこまめにフィードバックを行った。それほどコストをかけないでハラル食材を身近な店で入手できると知らせても、なかなか前向きな姿勢になってもらえなかったが、トルトーナ氏は粘り強くムスリムに関する情報提供を繰り返した。

 

 この取り組みが評価され、沖縄ツーリストは「JATA旅博2012」で、国内・訪日旅行部門のツアーグランプリ賞を受賞したほか、2012年11月にはマレーシアから63人、2013年にはインドネシアから15人のグループを受け入れた。これまでの同社のムスリム観光客受け入れ人数は450人に達しており、内訳はシンガポールが約40%、マレーシアとインドネシアがそれぞれ約30%となっている。

県が検討委員会を設置、土産菓子のハラル認証も

 トルトーナ氏がまいた種は、その後、色々な形で芽を出しつつある。「ムスリムフレンドリー・オキナワ」の中でも紹介されているカフーリゾートフチャクコンド・ホテルはハラル専用に食器や調理器具を分けて利用するなど、独自に取り組みを進化させている。

 最初に訪れたシンガポールのグループを受け入れた際、ハラル弁当を自社レストランで提供するなど、初期段階から協力的だったのが「紅いもタルト」で知られる菓子製造会社、お菓子のポルシェだ。同社は今年3月、「紅いもタルト」のハラル認証を取得。菓子業界でハラル認証を取得したのは県内で初めて。「もともと原材料にムスリムが食べられないものは含まれていなかったが、より安心して購入してもらえるよう、認証を取得した」(広報担当者)。

 沖縄県と沖縄観光コンベンションビューロー(OCVB)も今年度から、ムスリム対応への本格的な取り組みをスタートした。県はOCVBを事務局として産官学の有識者を集め、ムスリム観光客の受け入れ整備についての検討委員会を設置する。

 第1回目の開催は7月を目指しており、今年度は調査研究や取り組むべき課題を洗い出し、来年度以降は実質的な整備につなげたいという。また、OCVBは、県内のホテルやレストランなどの観光関連業者を対象としたムスリム受け入れのハンドブックを作成中で、9月の発行を目指している。

 トルトーナ氏自身も自分の経験をもとに、これまで培って来たノウハウを伝えたいと、ムスリム受け入れについてのハンドブックを執筆中だ。このハンドブックは日本語で発行し、色々な人に広く読んでもらえるよう安価で頒布する予定だ。

 「まずできることから始めるのが大事。日本にはムスリムがおいしく食べられる食材が豊富にあるし、礼拝スペースや身を清める場所もちょっと工夫すれば作れる。さらに取り組みを深められると判断すれば、ハラル専用キッチンを設置するなど進化させていけばいい」

 まるで小石が池に波紋を広げるように少しずつ拡大していった一人からのチャレンジ。今年からは地域全体の取り組みとして、動きも本格化してきている。

日経ビジネス

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です