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“増殖”ハラルレストランが抱えるジレンマ

 アルコールはご法度、割高な食材も経営圧迫

 狭い階段を上り、1歩、店に足を踏み入れると、そこはすでに中東だった。

ここは池袋駅西口の裏手、ヨルダン人オーナーが経営するアラブ家庭料理の店「月の砂漠」だ。開店したのは2009年12月。シェフはチュニジア人とエジプト人。料理人にはアラブの人をそろえている。提供している食事はすべてハラル料理だ。

こだわりの食材ばかり

 ハラルとは、イスラム教の教えに従った戒律で、「合法の」「許された」という意味を持つ。豚肉を提供しないことはもちろん、牛肉や鶏肉、羊肉はイスラム教の儀式にのっとって処理された“由緒正しき”食材ばかりだ。

 たとえばマンサフ。伝統的なヨルダン料理の1つで、ハレの日には欠かせないものだという。サフランで炊きあげたコメの上に、ヨーグルトで煮込んだ羊の肉をのせ、ヨーグルトソースをかけた料理だ。使っているコメもアラビア産のコメ(長粒米)だったり、ヨーグルトも「ジャミード」と呼ばれる乾燥ヨーグルトを使ったりと、手抜きはない。サフランもヨルダンから輸入してきたものだ。

 だが、これだけ徹底的にこだわったハラル料理を出していても、正式なハラルレストランにはなれない。それはなぜか。アルコールを売っているからだ。アルコールはムスリム(イスラム教徒)にとって、「ハラム」(非ハラルなもの)と呼ばれ、忌避されるべきものなのだ。

 月の砂漠も、当初はイスラムのレストランとしてアルコールを提供しない、ハラルレストランを目指していた。厳格なムスリムであれば、同じ部屋にお酒があるだけで嫌悪感を示す人もいるというが、持ち込みにかぎり許可していたのだ。それでも場所柄、メトロポリタンホテルや京王プラザホテルに宿泊している、戒律に比較的寛容なムスリムには愛され、それなりに賑わっていた。

 状況が一変したのは2011年3月11日、東日本大震災以降のことだ。当日に入っていた予約はすべてキャンセルされた。数週間で落ち着くと思っていたが、原発問題も尾を引き、外国人客が激減。その日以降、閑古鳥だけが集まるようになった。

 ついに矜持を捨て、店でアルコールを出すことを決意し、それまで働いていたスタッフにも辞めてもらった。「眠れないくらい、とにかく悩みました」。田中真千子店長は、苦渋の決断だったと打ち明ける。

「アルコールを出すことで、来なくなったお客さんもいます」(田中店長)。だが、食事とアルコールの原価率を考えた場合、ただでさえ客数が減っているので、アルコール抜きには経営が成り立たなかったのだ。

ハラル食材はカネがかかる

 そもそも、ハラル対応の食材を取りそろえるにはおカネがかかる。日本では手に入らないハーブや前述のジャミードなどは、輸入するしかない。中でも悩ましいのが肉類だ。野菜、魚類は基本的にハラルだが、野菜や魚だけのメニューでは集客には力不足。肉料理が必須なのだが、日本ではハラルミートの入手が困難なのだ。そのうえハラルミートは、そうではない肉に比べると非常に割高となる。

 現在は需要量が少ないこともあるが、大量にハラル肉を輸入する業者がいない。自家需要だけならまだしも、割高な肉は町場のレストランを経営するには致命的だ。

 実際、東京都内でアラビア料理店を経営していたあるアラブ人は、経営の厳しさに絶えかねて、食材の一部にハラル処理されていない、割安な牛肉を使ってしまった。だが、同胞を裏切っていることに加え、神との契約を裏切っていることを終始、悔いていた。

 信仰に忠実に生きれば、店は赤字を垂れ流すことになる。信仰をとるべきか、生活をとるべきか。毎日、毎日、くよくよと悩むうちに、ついに彼はがんに罹ってしまった。

「アッラーは見ている。神を裏切った罰だ」。直接の因果関係は定かではないが、そのアラビア人は大いに後悔し、即座にすっぱりと店を譲渡。飲食業からは手を引いた。

 その彼も、今では戒律を破ることのない職業に就き、心の平穏を取り戻すことができた。不思議なことに、悩むことがなくなった彼のがんは、急速に小さくなっていったという。世界一、宗教に無頓着と言われる日本人にはなかなか理解することが難しいが、イスラムの人々にとっては戒律を破る行為はそれほどに厳しいことなのだ。

拡大するジレンマ

 今、日本全国でハラル対応をうたったレストランが続々と誕生している。だが、中には“ローカル”ハラルの名の下、ハラル認定マークを店頭に掲げたうえで、堂々とアルコールを並べている店舗もある。

 店頭にハラルマークを張り出したかぎり、本来であれば豚肉を置かないのと同様、ハラムであるアルコール提供は御法度のはず。だが、その一方で、アルコールも出さず、ハラル対応の食材だけを使った店舗経営では、日本国内で商業ベースに乗らないのも事実。

ブームに便乗して次々と乱発されるハラルマークの数に比例して、日本国内でのハラルをめぐるジレンマは一段と大きくなっている。

東洋経済

 

 

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