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ムスリム教徒7割が「病気が不安」 国内のハラル対応病院は「キリスト教病院」のみの実情

 日本を訪れる外国人観光客増加の“原動力”となっている東南アジアからの旅行者。中でも、イスラム教を国教とするマレーシアや、人口の9割近くがイスラム教徒(ムスリム)とされるインドネシアからの旅行者の急増が、下支えの一つとなっている。だが、戒律が厳しいムスリムに対応できる食事の提供が常時可能な病院は、いまだ国内で大阪に1カ所あるのみ。専用の食材調達や調理場の整備など費用面の課題が主な原因だが、「旅行中に急病になったら」という不安が解消できておらず、改善を求める声が上がっている。

 日本政府観光局によると、マレーシア、インドネシア両国からの旅行者は、平成25年で約31万人。10年前(15年)の2・4倍の水準だ。

 しかし、ムスリム向けの急患対応の体制は十分とはいえない。日本貿易振興機構(JETRO)などによると、国内でイスラム教の戒律にのっとった食事「ハラル食」を常時提供できる病院は、現時点では淀川キリスト教病院(大阪市東淀川区)だけだ。

 同院は24年7月、調理場にマレーシア政府認定組織から「ハラル認証」を受けた専用キッチンを設置。研修を受けた調理師や栄養士、配膳(はいぜん)係など約20人がハラル食対応に従事する。食材調達は東京のレストラン運営会社と契約し、常時提供が可能。これまでに入院した患者3人が利用した。

 費用面の負担は軽くないが、同院の担当者は「外国人患者の受け入れに、ハラル食は必須。国際貢献事業の一環として、今後も体制を整える」と話す。

 実際、ムスリム対応の病院の少なさを理由に、訪日に不安を抱える人の多さは、数字にも表れている。

 総合シンクタンク「三菱UFJリサーチ&コンサルティング」が今年2月、マレーシアとインドネシアのムスリムを対象に行った調査で、訪日未経験者計110人のうち、「訪日で不安に思うことや行きたくない要因」として「緊急時、病気の際の連絡先がわからない」と回答したのは、インドネシアで約80%、マレーシアでも約75%に上った。

 世界人口の約4分の1を占めるとされるムスリムは、約15年後には22億人に達する見込み。在大阪インドネシア総領事館の担当者は、ムスリム対応可能な病院について「今後も一定の需要が見込まれる。増えることを期待している」と話している。

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 日本を訪れる外国人観光客の数は、近年順調に伸びている。日本政府観光局によると、今年上半期(1~6月)は上半期として過去最多の推計626万人で、初めて年間1千万人を超えた昨年を上回るペースだ。

 外国人観光客が増加している要因としては、円安傾向の継続などに加え、昨年7月にマレーシアやタイなど東南アジア向けのビザ発給要件が大幅に緩和されたことが大きい。

 政府は、東京五輪開催の2020(平成32)年に訪日外国人観光客数を2千万人に引き上げる目標を掲げている。このため、マレーシアやインドネシアからの旅行者向けの観光戦略も重要なテーマとなる。

 ムスリム旅行者に合わせたソフト面のサービス向上は、官民で進んでいる。政府は今後、インドネシアなどからのビザ発給要件も緩和する方針。ムスリム旅行者に配慮した飲食店やホテルなどを紹介する冊子やウェブサイトも来年度までにリニューアルする予定だ。

 関西国際空港では今年4月、イスラム教徒が礼拝で使う祈(き)祷(とう)室を1カ所から3カ所に増設。礼拝前に清める洗い場を新設し、男女別々に礼拝する習慣を踏まえ、国内空港では初めて部屋を男女で分けた。大阪市内のホテルや百貨店でも、ハラル認証を受けた和食弁当を提供したり、祈祷室の設置を検討したりする動きが芽生えている。

 ムスリム旅行者数の拡大に向け、日本政府観光局の担当者は「各地でサービスを充実させる動きが加速しており、快適に、安心して日本を訪れてもらえるよう情報発信などの態勢を整えていきたい」と話した。

msn産経ニュース